1997年3月アーカイブ

1997年3月28日

補完

アルバムを開けると
そこに笑っているのはひとりめの僕
僕が知らない過去を持つ
僕と同じ 顔をした人

先月 線路に飛び込まなければ
僕が ここにくることはなかったのに
誰かの代わりになんかならなくてもよかったのに

ひとりめの僕は 父さんからも母さんからも
十分すぎるくらいの愛情をもらってたって
少し右あがりの文字でノートに書いてあった
そしてそれがとても負担になっていたことも

ふたりめの僕は 笑うことも逆らうことも
まして自分の夢を持つこともままならず
父さんと母さんの願ってたとおりの人生を
歩いていかなきゃいけない

僕は少しだけ僕を恨むよ
僕は少しだけ僕をうらやむよ

ガラス越しのひとりめの僕は
たくさんのチューブにぶら下がって
まるでこれじゃあやつり人形

がんじがらめの僕と
きっとそんなに変わんないんだろうな

「バックアップデータの復旧の準備ができました」

必要な記憶をひとりめの僕からもらったら
また 無味乾燥な日々が始まる

1997年3月21日

ライナス

そして今日も僕は疲れた体をはうようにして部屋に入る

部屋のすみにくしゃくしゃになった毛布を
自分の肩にかけて床の上 何も映らないテレビを見る

あの日外した電話の線は今日もつながることなく
成り行きで持つことになった携帯電話も結局
一度も使うことなく契約は解除してしまった

君が悪いわけじゃない
僕は異常なんかじゃない

部屋から差し込む月の光で光合成をすることは可能だろうか?

真っ暗なままの部屋の中で
僕が今ここにいることを確認したあと
僕がすべきことはいったい何だろう

目を閉じたが最後 僕がこのまま命を閉じてしまっても
そのことに気がつく人は何人もいないはずで
誰かから受け取るはずのぬくもりは
すりきれた毛布からもらうだけになってしまった

薄れてゆく意識を振りきるように
「逃げちゃだめだ」を反芻して
もう何時間かうつらうつらとしたら

また 仕事に行かなくちゃ

1997年3月11日

終わるときはいつも

あんなにも しっかりと 握っていた 手のひらも
今はもう つなぎ止めておく 力もなくて
少しずつ 少しずつ 離れてゆく ちぎれてゆく

君は 前を むいたまま 歩いてゆく
僕は 何もできずに ただひとり ぼうぜんと

1997年3月 4日

風の強い海岸から

夏を過ぎた海岸は風が強くて少し寒くて
それでもあなたとここに来たうれしさだけで
波打ち際まで走っていけた
スニーカーに染み込んでくる波のことなんか
気にも止めないで あなたとはしゃぐ瞬間だけが
永遠に続けばいいと そうでなくてもせめて
もう5分だけ続いてくれたらいいな
なんて思ったりもした
あたし達 こんなに遠くまで来たんだね