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2014年4月 2日

it's a small world.

さっきまで健太の家にいた。
なんもすることがなくて暇だなあって思ってたらあんまり意味なく抱きついてきたから股間握ったら起ってて笑いながらそのまま触ってたら出たらしい。仕返しって言って脱がされて触られて出された。
5時半を過ぎて、おばさんが仕事から帰ってきたから「帰るわ」っていって帰ってきた。
家にいても誰もいないからさっきの感触を思い出しながら今度は一人でした。
なにをしたとかどこを触ったとかそんなの言葉に出すのって恥ずかしい。たぶん罪悪感の塊だからだ。
パソコンでグーグルを開いて、思い立った言葉で検索する一人遊び。履歴とかなんとかは後で削除すればいいやって思って、ときどきやる。いつだったか頭がおかしいときに思いつくまま普段使わないような言葉を入れたらさっき健太の家でしたようなことが出てきてびっくりした。

今日はもうなにもする気がなくて、宿題だけは終わってたから、パソコンをつけっぱなしにしてテレビでニュースを見ていたら、行ったことのない県の、知らない中学の誰かが窓から飛び降りたというのをやっていた。たぶん死ぬ気でそうしたんだと思う。直感だけど、外れてはいないだろう。

好きな人と話をしていて、でも、この人は僕のこと嫌いなんだろうなって急にわかった気がして、話を切り上げて離れようとしたことがある。嫌われても好きでいてもいいんだろうか。どっちにしてもキモいっていわれるんだろうな。わかんないけど。
そのときは好きな人が僕をじっと見て笑うから、ああ、こういうところを好きになったんだよなって思って、一瞬でも幸せな気分になっていたら
「でも、みんなあんたのこと嫌いだから、そこから飛び降りでもしたらいいと思うよ」
って窓の外を指差すのでそれ以来笑えなくなった。ことあるごとに高い場所の縁のところまで行って下をのぞくけれど、お腹のあたりがひゅっとなって体中がぞわぞわしてなにもできないまま帰ってきた。僕が好きな人のために、好きな人が喜ぶだろうと思ってできる唯一のことのはずだった。
ボクハシヌコトモデキナイ。それは僕の中にこびりついて消えない何かになった。

そんなことを思い出してまたお腹のあたりがひゅっとなってきたので、パソコンの画面で「自殺」と入れて検索してみた。さすがにやり方までは教えてくれなくて、スクロールした一番下に「死なないでください」ってあってそりゃそうだよなって思った。
だけど二ページ目からは淡々と検索した言葉のページが表示されてて、一線を越えちゃえばわりとどうでもいいんだなって思った。
テレビのニュースはさっきの詳細をやっていて、役所の人だか校長だか、まあ、そんな感じの人が普通に会見をしていた。いじめは認められなかった。たぶんそんなことを言っているのだろう。大人にばれるようじゃやりかたがまずいんだよな。いつもやられている僕にだってわかることなのに、大人はそんなこともわからないんだろうか。
そうじゃなかったら、いじめられたことがないか忘れたか、今でも続けているかのどれかなんだろう。

「おとなしそうな子でぇ」
「いつも本とか読んでた」
「話したことはない」
「意味なく蹴られたり殴られたりしてたみたい、です」
見てる前で飛び降りろって言われたらしい、というアナウンサーの声。クラスの連中の声で再生される。聞こえるような聞こえないような声で。普段は関係ないって顔をしているくせに、なにかあったときだけ、心配していた同級生のふりをするんだ。そうやって自分を守ろうとして。ずるいよな。ずるいよ。
僕はテレビを消す。
いつだったか、ツイッターとかそんなので自称中学生と話をしたことがある。本当だったらたぶん同い年なんだろうけど、言いだしたもん勝ちなんだからわかんない。その子はクラスにどうしても許せないやつがいて、そいつをどうにかしたいのだといっていた。嫌いとか好きになれないとかじゃなくて、許せない。なんかしたの、って聞いてもなにもしていないらしい。なんにもしてないのに許せないの、って聞いたらそこにいるだけでイラつくって。
この人は僕と反対側にいるんだなって思ったけれど、別に同じクラスなわけではなさそうだし、殺さなきゃなんでもいいんじゃないの、って答えるしかなかった。
名前を聞いてみたけれど、それはさすがにいえないよって言われた。そりゃそうか。

僕は寂しくなった。健太に電話するわけにはいかない(おばさんは僕のことが嫌いらしくて、よほどの用事じゃないと電話を取り次いでくれない)。ケータイでもあったらなあ。それかテレパシーとかあればいいのに。

母さんが帰ってきて、夕飯の支度をしているときに父さんも帰ってきた。僕はあわてて検索と見たサイトの履歴を消す。
「なにやってるんだ」
「べつになにも」
父さんはいつも僕のことを見透かしているみたいで、あんまりなにもいわない。ときどき
「一応注意しておくけど、お前まだ中学生だからな」
っていうけれど、それだけだ。ツイッターで父さんらしき人を見つけてうっかり読んじゃったときに、

そういう年頃だから興味もっても仕方ないわな。
だけどお願いだからもうちょっとこっそりやって
くれ、バレバレ だぞ

って書いてあって、僕のしていること知ってるんだって思ったからいつか怒られるかもしれない。
部屋に戻って健太にテレパシーでメッセージを送ってみた。伝わるわけないんだけど。それから好きな人にも。伝わるわけなんかないんだけど。またさわりっこしよう。友達でいてね。嫌いにならないでね。好きです。ずっと顔を見ていたい。それからうなじとか。クラスの他の連中みたいにふざけてさわったりしたい。できたら一緒にモスとか行きたい。出るまでさわるのっていいよね。でも誰にも内緒だよ。誰のことが好きかとか、誰のことが嫌いかとか、殺したいとか死んでほしいとかそんなのも含めて。内緒。誰にも。
二人分いっぺんに送ったらわけがわからなくなった。僕は頭がおかしい。多数決をとったらきっと、僕は頭がおかしい。そんな結果になるはずだ。

健太にさわられたところを自分でさわって目をぎゅっと閉じたらなんか落ちついてきた気がした。そのままでいたら、自分は知らない学校の教室にいた。やっぱりあんまり好かれてはいなくて、見たこともない同級生から死ねと言われた。すれ違いざまとか回ってきた手紙とか。開いたら中身は血染めの文字で一生恨んでやるとか書いてあって、僕はなにか恨まれるようなことをしたのだろうか。困ってしまう。
生きているだけでも。ここにいるだけでも。空気をすうな。笑うな。消えろ。死ね。死ね死ね死ね死ね。キモい。しゃべるな。視界に入るな。なんだかありとあらゆる罵詈雑言がここにはあって、その一つひとつを避けていたらいつの間にか屋上にいた。
フェンスなんかなくて、風が強い。それから日差しも。真夏のような天気なのに僕は冬服で。誰も来るわけはないのに誰か来ることを期待している自分。ドラマのように「やめろ」と止めてくれる誰かが来てくれたらいいのに、と思うのだ。だれもくるわけはないのに。だけど、僕の生きている小さな世界中の罵詈雑言が僕を縁へ縁へと追いやって、しまいには踏みとどまる間もなく落とされてしまった。聞いたことのある声で「ざまあみろ」というのが聞こえた。
落ちる瞬間につむっていた目を開ける。誰もいないはずの屋上に立つ、誰か。

ああ、君か。

揺り起こされて、僕は自分の部屋で寝ていることを知る。落ちなかったんだ。生きているんだ。
「メシだぞ」
父さん。ぼくが生きていることで歯がみするほどいやな気分になる人がこの小さな世界に入るのでしょうか。
「手、洗ってこいよ」
「はーい」
なにをしていたかは見られなくても、なにをしていたかはわかる、そんな体勢だった。バカみたいだ。

机に飾ってあったはずの、僕と健太で並んで撮った写真がない。ない、というか、本当に存在したのかすらわからない。僕は不安になってクラス名簿を見る。僕が思っているのとも、夢で見たのとも違う人数と名前。健太も僕の頭の中にしかいない友達だったのだろうか。本当は本当に一人だったのだろうか。明日学校に行けるんだろうか。
思い出す吐き気。一度も開いたことのない学習ワークブック。先生からの手紙。たて読みをしたら「二度と学校に来るな死ね」と読める手の込んだ同級生からの、一見励ましに見える手紙。生きている必要なんかあるんだろうか。生きている必要なんかあるんだろうか。

洗面所で手を洗い、食卓に着く。父さん。母さん。兄ちゃん。
いただきます。

とりとめのない会話。兄ちゃんのバイトのこと。学校のこと。父さんの会社のこと。母さんの友だちのこと。僕の話はなくて。僕のことは何もなくて。いてもいなくても同じような。ここにいてもいいと許されているのかすら。ごはんを食べることは苦痛ではない。だからきっとマシなんだろう。好き嫌いはあるけれど、母さんは僕の嫌いなものは出さない。兄ちゃんのも出さない。父さんの嫌いなものは出すのかな。兄ちゃんは父さんに「好き嫌いしないで食べなよ」といって笑う。「食べすぎたからもういらないんだ」といって笑うのは父さんだ。僕はそれを聞いて笑おうとする。だけど笑えたことはない。笑い方は忘れてしまったような気がする。笑っただけで死ぬほど殴られたせいかもしれない。

ごちそうさま。
部屋に戻ろうとする。
「これ部屋に片づけときな」
先に食べ終わってテレビを見ている兄ちゃんから手渡される本、雑誌、写真。

写真。

健太と僕で並んで撮った。

締めつけられそうになる鳩尾、滲む視界。バレないように部屋に戻って、そのままベッドにダイブ。声を出して泣いたのは久しぶりのことだ。理由なんてない。わからない。家族以外の誰かが恋しい。健太とか。また一緒に遊んでくれるんだろうか。嫌いにならないでいてくれるだろうか。変な意味じゃなくて好きだから。
時々わからなくなる現実と夢と妄想の境目、たった今、父さんと母さんと兄ちゃんと健太がいるこの世界を現実と思うことに決めた。外に出て辛いことしかなくても、この四人がいてくれたらそれだけで我慢できる気がする。

電話の気配。母さんの声。あら。ちょっと待ってね。
「電話よー」
促されて出る。聞き覚えのある声。大丈夫。まだこの世界は終わっていない。
「明日の時間割書くの忘れてさ」
健太だ。